記憶の底に 第3話 |
ルルーシュが喉の渇きを訴え、水を求める姿を久しぶりに見た僕は困惑した。 ルルーシュのこの症状は、皇帝の記憶改竄が行われた後から出ていたものだ。 ジュリアスと言う名の軍師に変えられていた時は、これに頭痛と精神の不安定、記憶の混濁も加わっていた。 理由は解らない。 だが、異様に水を欲する。 ジュリアスの時は今以上に症状がひどく、自分で水を汲む事さえままならなかったが、今ほどの量は飲んでいなかった。 頭痛が無くなり、震えも消えているのは、異常と言える量の水を口にしているからなのかもしれない。 だが、これで解った事がある。 ルルーシュは、記憶が戻っていない。 戻っていたら、こんな馬鹿みたいに水は飲まないだろう。 たとえ、演技でも。 ジュリアスの時は、水中毒にならないよう監視するようにも言われていた。 体重にもよるが、10リットルも飲めば致死量になるからだ。 普通なら飲める量では無いのだが、今の彼ならその量を飲みきってしまうだろう。 1時間に2.5リットル。 彼の体型から考えて十分危険な量だった。 それを周りの人間が仕方ないと容認しているなんて信じられない。 恐らく周りをマヒさせるほど、彼は水を口にしているという事なのだろう。 既に半分ほど減ったペットボトルを手にし、それを見た。 たぷんと音を立ててたそれは無色透明な液体。 どう見ても普通の水だ。 自動販売機や売店で売られているもので、常習性などあるはずがない。 記憶改竄の影響がどうして渇きと言う形で現れるのか解らないが、こんな状態のルルーシュに医者も付けず、ただ監視しているだけなんて、もし何かあったら・・・餌としての役目が果たせなくなったらどうするつもりなんだ。 「スザク、そんなに心配するな。悪かったよ」 思わず口を閉ざし、考え事をしていた僕に、ルルーシュが困ったような顔でそう言った。 僕に心配をかけるつもりは無かったと言っているようにも見えた。 だが、騙されてはいけない。 彼はあの時も普通を装い、僕を騙し続けていたのだから。 僕だけでは無い。ここにいる全員が彼に騙されていたのだ。 「じゃあ、今回はルルーシュを信じるよ」 僕はスッと感情を殺してそう口にした。 「怖いな。そう睨むなよ」 ルルーシュは肩をすくめて苦笑する。 その時、生徒会室の扉が開いた。 「遅くなりました~って、スザク、ここに居たのか」 「ジノ!?」 僕は思わず驚きの声を上げた。 どうしてここに?いや、ジノも先週からこの学園に通っていたのだ。ここに来るのは何もおかしくないのか。 「探してたのにいないから、もう帰ったのかと思ってた」 にこにこと笑顔でジノが近づいてきた。 「復学したから、生徒会にも復帰する事になったんだよ」 「あれ、スザクって生徒会だったのか?」 そう言いながら、背中から人の肩に腕を回し、全体重をかけて寄りかかってくる。まるで大型犬のようなその様子に、思わず眉が寄った。 重い。うっとおしい。 「そうだよ?」 「ああ、でもそうか。私た・・・俺たちは普通の部活は無理だった」 そう言うと、大袈裟に腕を広げながら僕から離れた。 「そう言う事」 僕から離れたジノは、今度は僕の隣の席に標的を定めた。 「ルッル~シュっ!」 明るい声でその名前を言った後、ジノはルルーシュにも僕と同じように抱きついた。 更にはその黒髪に顔を埋め、うっとりとした表情で両目を閉じていた。 ルルーシュにそれは嫌がられると思ったのだが。 「ジノ、重いから離れろ」 くすくすと笑いながら、ルルーシュはそう口にした。 って、え!? 彼の性格から考えれば、邪魔だ、重い、退け。という単語が出そうなのに、不愉快そうに、では無く、困ったやつだと苦笑しながらジノの抱擁を受け入れていた。 ルルーシュは他人との接触にある程度の距離を置く。 リヴァルのように気心がしれた相手ならある程度容認するが、ジノは違うはずだ。 そのはずなのに。 「今日もルルーシュは美人だな。週末、またチケットが手に入ったんだ。一緒に行こう!」 ジノはルルーシュに抱きついた状態で頬ずりをしながらそういった。 ルルーシュは流石にそれは嫌だったのか、手で制し少し距離を置いていたが、怒る様子は無かった。 「美人は男に使う言葉じゃないと、何度言えばいいんだ?」 柔らかい笑顔を向けながら、物覚えの悪い子供に言い聞かせるように優しく言った。 「いいじゃないか。ルルーシュは美人なんだから」 言い直すつもりはないと、ジノは笑顔でそう断言する。 「まったくお前は。で、今度は何だ?」 仕方のない奴だと、くすくすと笑うその笑顔は、僕がよく見ていた笑顔だった。 ああ、そうだったと、理解した途端心が冷えていくのを感じた。 「じゃーん。この映画、ルルーシュ見たいって言ってただだろ」 ジノが内ポケットから出したのはチケットが三枚。 「ああ、これか」 ルルーシュはそれを受け取りながら笑顔で頷いた。 「ロロの分も用意した」 「当然だな。ロロが行くなら俺も行くよ」 「ロロはルルーシュが行くならって言ってたぞ?」 「そうか、なら行こう」 ルルーシュは楽しみだと、柔らかく微笑んだ。 「じゃあ週末また迎えに行くから」 「ああ、待ってるよ」 仲の良い友人同士のやり取り。 その光景を理解はしても受け入れるのは難しかった。 彼がジノに向けている愛情。 それは、かつてスザクに向けられいたものだった。 ルルーシュの記憶は書き換えられている。 出生に関する事。 兄妹に関する事。 ゼロに関する事。 親友に関する事。 そう、ルルーシュの中で8年前に出会った友達はスザクでは無くジノ。 スザクは去年、ほんの僅かな時間共に居ただけの唯の友人なのだ。 |